ページ番号1045133 更新日 令和6年4月5日
令和6年2月23日(金曜日)、一茶双樹記念館で平安時代に起源があるとされる対になる貝を探し合わせる「貝合わせ」遊びの体験会が日本貝アート協会の講師を迎えて開催されました。「貝合わせ」遊びで使う貝を入れた貝桶(かいおけ)は、平安時代から江戸時代にかけて公家や大名家のお嫁入道具として重要に扱われたことから、今でもひな道具の一つとして見ることができます。
[画像]平安貴族の雅な遊び「貝合わせ」体験会が開催(40.8KB) 歴史をひも解くと、「貝合わせ」とはもともと、平安貴族が貝(はまぐり)の形や大きさ、色合いなどを題材にして歌を詠み、その出来栄えを競う遊びでした。一方、はまぐりの貝殻の左右を切り離し、片方(出貝)を貝桶に入れ、もう片方(地貝)を円形に伏せて並べ、貝桶から出した1枚と対になる貝を見つける遊びは「貝覆い」と呼ばれていました。「貝覆い」は、平安時代末期から鎌倉時代にかけて子女の遊びとして始まり、その後「貝覆い」遊びが「貝合わせ」と呼ばれるようになったといわれています。
日本貝アート協会の講師の説明を聞きながら、いよいよ「貝合わせ」遊びが始まりました。大きな二枚貝のはまぐりの自然な貝殻の色合いや形、模様の美しさ、珍しさなどを愛でて、円形に伏せて並べてある貝殻の中から、貝殻の外側の模様をじっくり観察して、貝桶から出した貝殻と対になるものを探し当てます。はまぐりは、二枚で一対、他とは決して対になりません。
対となる貝の内側には同じ図柄もしくは関連した図柄が描かれており、その二枚の貝殻が合わさるとカチリと音がします。合わせた貝をみんなの前で開き、絵柄が揃うと、一同が「お見事でございます」と褒めたたえ、違っていれば、「ごめんあそばせ」といったやりとりが行われます。優雅で別世界に引き込まれるような魔法の言葉です。
平安貴族の雅な遊びに、参加者の皆さんは真剣そのもの。大人も子どもも、貝の模様に見る目が慣れてくると、対の貝を見つけるスピードも上がり、当日は雪がちらつく天気でしたが、会場は熱気にあふれ、楽しいひとときはあっという間に過ぎていきました。
講師の皆さんの貝には、手描きで源氏物語絵巻、季節の花々、干支や歳時記をテーマにした図柄などが鮮やかな色彩で描かれており、緋毛氈(ひもうせん)のうえに貝が並んでいるだけで「雅」な空間が広がりました。中には、流山ゆかりの小林一茶や句碑、オオタカの絵が描かれているものもあり、参加者の皆さんも「流山の雅な時間」を堪能していました。
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