長野県信濃町


ページ番号1006895  更新日 平成26年1月1日


長野県信濃町

 平成9(1997)年5月17日、流山市の市制30周年の節目に、姉妹都市の盟約を結びました。

概要

[画像]信濃町位置図(39.2KB)

 信濃町は、県都長野市にほど近い県北部、信越五山(黒姫、斑尾、妙高、飯縄、戸隠山)に囲まれた盆地にある高原のまちです。町の一部は上信越高原国立公園に含まれ、町域の約75%が森林という自然に恵まれた環境です。
 町の顔の一つ、野尻湖は、さまざまな表情で訪れる人の憩いとなっているほか、マリンスポーツや船上からのワカサギ釣りでも人気を博しています。約4万年前に生息していたとされるナウマン象の化石が発掘されることでも有名です。
 また、江戸時代の俳人・小林一茶生誕の地としてもその名を知られており、晩年を過ごした土蔵など今なお町内に息づく一茶の面影の数々が、貴重な自然資源とともに観光の目玉となっています。

【町制施行】 昭和30(1955)年
【 人 口 】 8,759人(平成29年3月31日現在)
【 面 積 】 149.27平方キロメートル


<<アクセス>>
【 鉄  道 】 JR東京駅==(長野新幹線・1時間30分)==JR長野駅==(しなの鉄道・40分)==黒姫駅
【 自動車 】 流山I.C. ==(上信越自動車道ほか経由・約3時間20分)== 信濃町I.C.
 

歴史と流山市とのつながり

[画像]写真3(47.1KB)


 本州のほぼ中央部に位置する信濃町は、太平洋側と日本海側を結ぶ交通において、古くから重要な役割を担ったまちの一つで、江戸時代には北国(ほっこく)街道の宿場町として賑わいをみせました。
 その頃この地で誕生したのが俳人・小林一茶です。全国を俳句修行で歴遊した一茶は、享和3(1803)年に初めて流山を訪れて以来、50回以上も来訪し、多くの俳句を残しました。足繁く流山を訪れた背景には、市内でみりん醸造を営む五代目秋元三左衛門(俳号=双樹)の存在がありました。俳句を通じて当地で一茶と交流を持ち、自宅に逗留させるなど手厚くもてなし、一茶もこの地を第二のふるさとと慕っていたようです。
 

 時は流れ、ふたたび信濃町と流山市の交流がさかんになったのは、平成7(1995)年4月、流山市に「一茶双樹記念館」が開館したことがきっかけでした。約200年の時を経て、町民・市民が互いの地を行き来してさまざまな形での交流が続いています。

 

まち自慢

[画像]信濃町ゲレンデ(98.2KB)

ウインタースポーツの楽園
 

 全国でも有数の豪雪地帯で、2〜3メートルにも及ぶ積雪を生かした冬のレジャーが人気です。黒姫高原スキー場は、広大な北欧風のゲレンデを野尻湖に向かって滑り降りるコースや、リフト上からは富士山が見える日もあるという絶景が自慢のスキー場。斑尾山の北斜面のスキー場には、スノーモービル専用ゲレンデが整備されるなど新感覚のスキーリゾートとして愛好者の注目を集めています。


[画像]高原野菜(25.0KB)


自然が育む味覚

 酪農のほか、豊かな自然に育まれたそばやリンゴ、高原野菜に代表される農業もさかんで、中でもフルーツのように甘いトウモロコシは話題の的です。町内の通称「もろこし街道」とよばれる道沿いでは、7月下旬〜8月下旬のシーズン中には多くの直売所が軒を連ね、地元で採れた野菜やトウモロコシを販売しています。


関連情報


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