加6丁目の呉服商家市内初の登録文化財に
更新日 平成16年9月21日

[画像]呉服屋の写真(14.9KB)

 国の文化財審議会(高階秀爾会長)は、9月17日に開催した同審議会文化財分科会の審議会議決を経て、四街道市下津新田の近藤家と流山市加6丁目の呉服新川屋店舗の建造物を登録文化財に登録するよう文部科学大臣に答申を行いました。
 呉服の新川屋は、江戸時代後期の弘化3年創業の呉服商で、店舗は土蔵造り、おおむね建築当初の外観を保持しています。建築年代は、明治23年(1890年)に大工の土屋熊五郎によって建設されたことが棟札に記されています。流山の広小路地区は、かつては土蔵造りの商家が多く見られましたが現在では、その形式を残している建物はほとんど残っていません。
 千葉県内では、58番目、流山市では初めての登録有形文化財(建造物)となります。店主の秋谷光昭さんは、東京日本橋新川に1846年に食料店を創業した初代・秋谷平兵衛から数えて7代目。3代目の秋谷忠七が生まれ故郷の流山に帰って「太物商」の看板を出し、今の建物を創ったのが1890年。


[画像]角度を変えた呉服屋の写真(16.0KB)

 切妻と土蔵造りが特徴で屋根の鬼瓦は北に恵比寿様、南に大黒様。文化財に登録されたことについて「責任を感じます。壊すのは一日でできますが、こうなるまでには百年以上もかかってます。お客さんの声に励まされながらここまできました」と語ってくれました。
 明治35年には広小路界隈で大火があったときも、「類焼を免れたのは火に強い土蔵造りのおかげ、今もそのときの焼け跡が一部壁に残っています」と語ってくれました。十数年前まではこの界隈にも土蔵造りの商家などが多かったことからスケッチをする日曜画家やアマチュアカメラマンなどのポイントとなっていましたが、今では土蔵造りの建物も少なくなりました。「夏は涼しく、冬は暖かいのですが、やはり暮らすには不便もあり、近代的な建物にもあこがれます。建物そのものが信頼の看板になって呉服をお求めの客を呼んでくれるので、多少の不便とは引き換えにできません」と保存への意欲を語ってくれました。




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